【妊娠 1】不安が続く妊娠期間。私たちの場合。

妊娠初期

妊娠して変わるのは妻だけです。
私の生活にはほとんど変化なし。。。
両親だけには報告しましたが、
というより、妊娠5ヵ月まで隠したかったので、ほとんど変化を見せないようにしました。

やはり1度流産を経験していると、警戒心がすごいです。
この期間がとても長く感じました。
2週に一回産婦人科で検診するのですが、いつも心配でした。

特に3ヵ月まではずっと不安でした。
e-母の場合、つわりは2週間ほど辛そうでしたが、
それ以降はほとんど私に感じさせませんでした。

妊娠中期

いつまで経っても不安でした。
3ヵ月を過ぎると流産の危険性がグッと下がるらしいのですが、安心はできませんでした。
妻のお腹は少しポコッと出たのかな?程度でした。
エコー写真で徐々に人間になっていくのが、隔週の楽しみでした。

5ヵ月になると、クワトロテストがありました。
これは子供にダウン症などの可能性を確認する検査です。
これは夫婦で事前に話しておいた方がいいです。
結果が出てからだと、おそらく話し合いが難しいです。
我が家の場合は、ひどいと思うかもしれませんが、あまりにも確率が高ければ一度おろそうと話していました。
真面目に話し合うと、金銭的な事もあり、綺麗ごとばかりでは生きていけないなぁと実感しました。
結果は可能性が低かったので安心しました。
ここまで、色々な検査で良い結果が出ていなかったので、とてもうれしかったです。

このテストを区切りに、私は周りに報告しました。
妻はやはり味方が必要なので、仕事場の信用できる数人にのみ事前に話していました。

この頃から真剣に名前なども考え始めました。
我が家の場合は、e-母より、私に一任して頂きました。
どっちが生まれてもいいように男女両方とも考えました。
名付けに関しては、別で記事にしようと思います。

中期も後半になってくると、赤ちゃんがお腹の中で動くのが感じられるようになってきます。
ほぼ毎日妻のお腹に手や顔をあてていました。

妊娠後期

お腹の中での動きが活発になってきました。
外からでも分かる程動いていました。
ツンツンとやるとそこに反応してくれているような気がしてました。
(たぶん勘違い)

そして、父の活躍の場はこの辺りからになります。
まず子供が生まれてくるのに向けて、部屋の準備をしなければなりません。
当然、妊婦は動けないので、そのほとんどを一人でやらなければいけません。

我が家の場合は出産約2か月前から帰省していたので、その間に準備をしました。
本棚やベッド、棚など色々なものを解体して捨てました。

また、名前も大詰めです。
私の場合は男女が分かった時点で、一方の名前のみしか考えませんでした。

とにかく準備に心躍ります。
一人の生活という楽しさはあまり感じませんでした。
当初ゲームをやって楽しもうとか思っていましたが、特に何もせずダラダラ過ごすだけでした。
強いて言えばフットサルに行く回数が増えた程度です。

あとは出産日を待つのみです。
予定日が4月1日だっとので、1日でいいから遅れてくれ~と祈っていました!!
思ったより前兆の連絡が無いのと、いろんな人が初産は遅れがちというので期待していました。
が、産婦人科の先生曰く、出産日2週間前にこの大きさ(3,000越え)で遅れはあり得ない!と言われたと報告がありました。

私の中で、無事生まれてくれればいいや!と切り替わりました。
そして、早生まれの有名人やスポーツ選手を調べていました。

なんとサッカー日本代表には早生まれが多い事を知りました。
小さい時に大きな子たち(同級生)に揉まれる事で成長するそうです。
そして、4~5歳にもなると、それほど能力差はなくなってくるそうです。

早生まれも悪くないな!とか思いつつ、その日を待ちます。

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ここまで読んで頂きありがとうございました。
引き続き記事は更新していきます。

よろしくお願いします。

e-父

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